想いを伝える場

大切な人に伝えたい想い、伝えておきたいことを自然体でカジュアルに書いています。

健康に感謝

おはようございます(^○^)


入院11日目の朝です。

 

昨日、星野道夫さんの「もうひとつの時間」について考えていました。

 

自分たちが日常暮らす、慌ただしい時間とは全くスケールの違う時間軸「もうひとつの時間」が、地球、いや宇宙を流れている。

 

このことを感じることの大切さ、有り難さを、星野道夫さんはアラスカから届けてくれました。

 

満天の星空を見上げ、自然の大地に抱かれる、そんな雰囲気味わいたいなぁ〜

 

そしてさらに「もうひとつの時間」があると気づきました。

 

みなさんは、健康ですか?

 

身体の細胞や器官一つひとつの声に、しっかりと耳を貸してあげてくださいね。

 

そう、身体の声を聴いてあげてください。

 

40兆個の細胞たちのネットワークとその声を聴き、そして話しかけて感謝してあげてください。

 

だってもう50年以上(私の場合)頑張ってくれているのですから。

 

みなさんが私のようにならない様、身体に気をかけてあげてくださいね、お願いします。

 

では、豊かな心で週末をお過ごしください。

 

 

 

星野道夫さん『ワスレナグサ』

大学時代の友人が、入院している私に届けてくれた言葉。

 

 

『ワスレナグサ』星野 道夫 著(以下抜粋)

 
 結果が、最初の思惑通りにならなくても、 そこで過ごしてしまった時間は確実に存在する。 そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、 かけがえのないその時間である。

 頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、 白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい… …ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、 五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。 何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。 あわただしい、人間の日々の営みと並行して、 もうひとつの時間が流れていることを、 いつも心のどこかで感じていたい。

 そんなことを、いつの日か、 自分の子どもに伝えてゆけるだろうか。

 

(抜粋おわり)

 

友人の影響で、私も星野道夫さんが好きになった。


星野道夫さんの詩、というか言葉は、 病院で何度も思い出していた。

 

今、このときだからこそ、まさに
「何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。 …もう一つの時間が流れていることを、 いつも心のどこかで感じていたい。」


 

「もう一つの時間」いや、自分中心ではなく、「 自分が過ごしているこの時間」に囚われず、 広い宇宙の中のちっぽけな地球の、そのまた一部分の、 さらにごく一瞬に、自分は生かされているんだと感じて。

 

有難う!友よ!

そして、いつの日か、一緒にアラスカに行こう!

 

 

 

 

 

「トークセンス」の正体は徹底的な準備に過ぎない By. 武井壮さん

子ども達へ、そして自分自身へ

 

父は話すのが苦手で、瞬発力がなく、会議やいろんな場でバンバン議論ができる人たちを羨ましく思っていました。今の、今まで。

 

でも、タレントの武井壮さんは、「トークセンス」の正体は才能ではなく、見えないところでの努力の賜物、つまり徹底的な準備に過ぎない、という。

 

確かに昔海外の学会に参加したときに、講演会場の外で演者が何度もなんどもスピーチの練習をしている光景を見たことがあったっけ。

 

TEDだって、時間どおりに話せるように、練りに練って、練習を繰り返しているからこそ、あの華やかなスポットライトがある。

 

父はろくに努力もせずに、話がうまい人をうらやんでいました。

 

でもそれは違っていた。

できる人ほど、見えないところで努力してる。

それも楽しみながら!


さっそく父も実行していきます。

父より

 

以下、記事より2ヶ所を抜粋しました。

■準備の賜物

僕が司会者の振りにすぐに反応したり、あまり言い淀むことがなかったりするのは、こうして常にアウトプットの練習をしているから。トークに関しては、一切「瞬発力」で勝負していません。スラスラ話せているとしたら、その準備の賜物です。大体の質問はもう、僕自身が僕に投げかけて答えてきた質問ばかりなんです。

 

■メリット>頑張り

大切なのは、「頑張らなくてもやりたくなるシステム」を自分でつくりあげること。まずは努力以上の利益が必ず手に入る環境に身を置くことが大切です。頑張りに比べてメリットが少ないと、人の心は簡単に折れてしまいますから。

 

forbesjapan.com

 

 

 

『普通』であることの幸せを噛みしめる

失ってみてはじめてその有り難みが分かることがある。

 

私は最近、片目が斜視になり、さらに暗く見えなくなった。

そんなときに感じた不便さ

 

・距離感がない
 → 字を書くとき

(なので、ペン先を書き始める位置にそ〜っと置いてから書き始める)
 → お箸を箸立てから選び取るとき

 → お店で商品を選ぶとき


・歩きにくい
 → 人混みの中を歩くとき
 → 駅の改札口に向かうとき

(見えない側から人が寄ってくるとぶつかるので、キョロキョロ首を動かす必要がある)
 → 階段の上り降り

 

・半分の景色しか楽しめないような気分

 

独眼竜政宗と呼ばれた武将、伊達政宗。

武士が片目が見えないと私のような青いことは言える状況じゃ無いのに…天下を取る一歩手前まで行った。

 

違った、違った!

そんなことを言いたいのではなく(笑)

 

普段当たり前だと思っていることができないと、すごく不自由に感じる。

 

だからこそ、今ある『普通』な、自由であることの幸せを噛み締めようと思う。

 

 

 

 

心の魔法『感謝』

 

f:id:omoitsutaeru4:20190516150251j:plain

 

感謝


平和であること

ベランダの鳩

自由、健康、生きていること

愛する家族、友人

人とのつながり、優しさ
自分が笑顔になれること
私が有難うと言えること
時間に追われない生活を送れること
瞑想できること
医療制度、医療保険、生命保険


スイッチONで付く電気
蛇口をひねると出るお水、温かいお湯
キレイにしてくれる石鹸とシャンプー
気持ちの良いバスタオル

 

そして、
笑顔で優しい看護師さん(男性も女性も)

 

全てのことに有難う

 

 

 

 

 

 

『もう一度人生をやり直せるなら・・』

7年前に出会った詩が、今、入院しているこのときに、ふっと頭をよぎりました。

 

その看護師さんは私のバイタルを測りながらこうつぶやいた。

「〇〇さん(私のこと)いい人そうですよね、だから何も言わずにがまんしちゃいそうで心配なんです」

 

確かに昔から「いい人」「マジメな人」と言われている。

いや、そう言われるように行動しているのかもしれない。

 

何故・・・?

そのほうがラクだから、きっと

 

会社入った頃から猛烈に働いた。努力した。

残業も月に200時間とかしていたバリバリの「リゲイン世代」。

今でも「愚直に努力をする」というのが、私の一つの信条になっている。

 

でも、入院した今、一歩立ち止まって考える。

 

この先、死を迎えるときに、私はわたしの人生を振り返ってどう思うのだろうか?

 

この詩と同じことを口ずさみたいのだろうか・・・

 

 

----------

 

『もう一度人生をやり直せるなら・・』

 

今度はもっと間違いをおかそう。

もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。

 

絶対にこんなに完璧な人間ではなく、

もっと、もっと、愚かな人間になろう。

この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。

 

もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。

もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。

もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。

もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。

 

もう一度最初から人生をやり直せるなら、

春はもっと早くから裸足になり、

秋はもっと遅くまで裸足でいよう。

 

もっとたくさん冒険をし、

もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、

もっとたくさんの夕日を見て、

もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。

もう一度人生をやり直せるなら・・・・

 

だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。

私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?

自分に規制をひき、他人の目を気にして、

起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、

構えたり、落ち込んだり ・・・・

 

もっとリラックスしよう

もっとシンプルに生きよう

たまには馬鹿になったり、

無鉄砲な事をして、

人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。

 

人生は完璧にはいかない、

だからこそ、生きがいがある。


----------

 

作者がP.F.ドラッカーだと書かれているものもありますが、

英文サイトをみると、ドラッガー作ではなく、

死を目前に控えた方が、心のうちをうたった詩であるようです。

ご参考までに原文を以下に載せます。

 

----------

 

If I Had My Life to Live Over

 

If I had my life to live over,

I would dare to make more mistakes next time.

I would relax, limber up.

I would be sillier than I have been this trip.

I would take fewer things seriously and take more chances.

I would climb more mountains, swim more rivers, and watch more sunsets.

I would be crazier.

I would be less hygienic.

I would take more trips.

I would eat more ice cream and fewer beans.

I would, perhaps, have more actual troubles

but I would have fewer imaginary ones.

You see, I am one of those people who live sanely, sensibly, prudently;

hour after hour, day after day.

Oh, I have had my moments!

And if I had to do it over again, I would have more of them.

Maybe I would have nothing else?

Just moments, one after another,

instead of living so many years ahead of each day.

I have been one of those people who never goes anywhere without a thermometer, a hot

water bottle, a raincoat, and a parachute.

If I had it to do it over, I would travel lighter on the next trip.

I would start going barefoot earlier in the spring

and stay that way later in the fall.

I wouldn't make such good grades, except by accident.

I would have more sweethearts.

I would go to more dances.

I would sing more songs and play more games.

I would ride more merry-go-rounds.

I'd pick more daisies.

 

Written by 85-year old Nadine Starr

 

(おわり)

 

 

 

 

視界が壊れた

4月中旬のとある日、50人ほどの人の前に立ったときにその違和感が生じた。

「あれ?ピントが合わない?」

みんなの顔がはっきりと見えない!

「なんでだろう??」

その日は違和感だけで終わった。

 

その違和感は翌朝も残り、自転車での通勤をあきらめ電車で会社まで着いたのだか、仕事を始めてすぐ会社のパソコンのディスプレイを見るだけで気持ちが悪くなってきてしまい早退、眼科へ急ぐ。

眼科で視力検査をしているときに、自分で気がついた。

右目と左目の画像がズレている!!

これか、原因は。

でも片眼ずつでみると、それぞれ視力1.2ずつ、ちゃんと見える。

 

そこだけ見て、その眼科医は「疲れでしょう」とビタミン剤だけで片付ける。

しょうがないので家で静養していたが、ずーっと気分が悪いまま。

 

2日後、別の休日診療していた眼科で診てもらうと

「斜視になっています。大きな病院で精密検査をしてもらってください」

すぐに紹介状を書いてもらい、翌日、大きな病院で精密検査開始。

 

それでもすぐには分からず、そうこうしているうちに画像のズレが、角度をつけて大きくなった。さらには、斜視側の明るさが徐々に落ちだして・・・今では、通常の10分の1以下の明るさでしか見えなくなってしまった。

 

緊急入院して精密検査しましょう

って、それまでも散々、頭部MRIや血液検査をしてきたが、

さらに眼の部分を中心に造影剤を入れたりCT、X線

血液検査もこれでもか、という程の項目数を行う。

それに加えて生理検査(神経伝導速度検査)に骨髄液も採取して・・・

やっと、原因にたどり着きました。

 

診断名

「ギランバレー症候群」もしくはその亜型の「フィッシャー症候群」

 

ガーン

かなり稀な病気だということです。

治療にはそれなりの期間も必要、とのこと。

 

ま、でも原因不明で半月近く治療すらできず、GW10連休+1週間、ただたんに苦しんでいたのに比べると、今は適切な治療が始まったので、安心しています。

 

ということで、まだしばらく入院することになるので、入院している間に考えたこと、読んだ本のこと、子ども達に伝えたいこと等々、書き綴りたいと思います。

 

以上、長ったらしい背景でした(笑)

 

以下ご参考。
情報源からの抜粋です。
ーーーーーー
日本神経学会
ギランバレー症候群、フィッシャー症候群診療ガイドライン2013
https://www.neurology-jp.org/guidelinem/gbs.html

・フィッシャー症候群は急性の外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失を三徴とする免疫介在性ニューロパチーである。
・多くは上気道系感染後に発症し、1~2週進行した後に自然経過で改善に向かうという単相性の経過をとる。
・眼運動神経(動眼・滑車・外転神経)には他の脳神経や脊髄前後根よりGQ1bが豊富に発言していることから、GQ1b抗体が外眼筋麻痺に関与していると考えられている。
・外眼筋麻痺は平均3ヶ月で消失した。発症から6ヶ月の時点で運動失調・外眼筋麻痺は48/50例で消失しており、2例で軽度の複視が残存していた。腱反射は約半数で低下・消失がみられている。これらの結果からFSの予後は良好であり、ほとんど後遺症は残さないと結論している。
ーーーーーー